憲法は、国家組織の基本を定め、国家活動に基準を与へる最高の法規範である。憲法は、また国民の理想と願望の宣言であり、国民生活の在り方を示す道標である。しかも、国民の理想、願望、国民生活の在り方といふものは、民族の歴史の所産であり、その凝集したものにほかならない。従つて憲法は、民族の歴史の所産として、またその凝集したものとして、その国固有の独自性の上に成立するものであり、また成立させなければならないものである。このことは、憲法をして憲法たらしめる基本原理であり、万国の憲法に通ずる普遍的原則であるといはなければならぬ。もし、それ、憲法にしてこのやうな原理原則に反するならば憲法は自ら厳しい歴.史の審判の下に一個の空文と化するであらう。更にまた国家の統一と発展を阻み、国民生活の不安動揺を招き、つひには国家悠久の生命をも失はしめるに至るであらう。ここに、少くとも憲法に関しては、その規定の内容ばかりでなく、その成立するに至つた全過程が特に重視されなければならない理由がある。
顧みるに、現下わが国における思想、政治、法律、経済、宗教、教育、文芸等、各界の昏迷と相剋の現状は、一にかかつて道義の頽廃と国家意識の稀薄に基因するものであるが、その由つて来る所以は、果して憲法が、右の原理原則に適合して成立したるものなりや、即ち、いはゆる憲法情態の正否如何にかかるものと考へられる。かくて、真に国家の興隆をはかり、国民生活の健全なる発展を願ふ者は、すみやかに現行憲法及びその憲法情態に検討を加へ、もつて正しき憲法生活の確立と充実に資するところがなければならない。
われらは、憲法をして憲法たらしめる基本原理、万国の憲法に通ずる普遍的原則を究明するとともに、わが国固有の独自性の上に憲法生活を確立する方途を発見し、進んでその成果をひろく世に問ひ、国家の興隆と国家生活の発展に寄与することを目的として、ここに憲法学会を結成するに至つた。われらは厳に独善を戒め、謙虚に、諸家の高説に聴き、憲法学及びその隣接諸科学の研究者たる同憂の士と相提携協力し、もつて学徒としての本分を全うしたいと冀ふものである。願はくば、ひろく同憂の学徒の御賛同と御協力を賜はらんことを。
昭和三十四年四月九日
憲法学会設立準備委員会
代表 澤 田 竹 治 郎